体操界のレジェンド・内村航平さんは、子ども時代に髪が抜けてしまうほどのアトピー性皮膚炎に悩まされたといいます。どのようにアトピーと向き合い、今に至ったのか、母の周子さんに話をうかがいました。
内村 周子 さん
元体操競技選手で、数々のメダルを獲得した内村航平さんの母。大学卒業後に幼児体育の指導にあたり、1992年に夫・和久氏とスポーツクラブ内村を開設。ベビーから大人までの体操指導をしながら、クラシックバレエ教師としても活動している。

アトピー発症は離乳食開始の時
離乳食を始めた生後4か月頃から肌のあちこちにかさぶたができるようになり、病院へ連れて行きました。当時はアトピー性皮膚炎という言葉が一般的ではない時代。アレルギーによる症状だろうと医師からステロイドのぬり薬をすすめられましたが、刺激の少ない保湿剤を塗っていました。食べ物、服、タオル、すべて体に良いものに変え、できる限りのことをしましたがなかなか良くなりません。最終的にアトピー性皮膚炎と診断されたのは8歳の時でした。

アトピーでも気にしない。好きな体操に熱中させた
小さい頃の航平はおとなしく内向的な子で、大きくなっても引きずるかなと心配していました。でも、生まれてきてくれただけでいい。私の子だからそんなに欲を出さなくても、お互い生きていて、生きていくのが楽しいと思えたら一番いいのかな、と思っていました。それに、アトピーだからといって、下を向いていても良くなるわけではありません。
だから、状況を受け入れてやるだけのことをやったら、人生、楽しく過ごしたほうがいい。小学3年の頃にはアトピーという言葉も知られるようになっていたので、航平には「友達に肌のことを言われたら『アトピーなんだ』って言えばいい」と伝え、好きなように遊ばせました。

本格的に体操を始めた3歳の頃。上達が遅く、小学1年生のときの最初の大会は最下位だったものの、練習にはいつも夢中になっていたとか

周子さんと夫の和久さんが経営する体操教室の体育館には、航平さんに関する写真や記事などがあちらこちらに貼られている
「ダメ」ばかりでは縮こまって何もできないし、それがストレスになって、肌にも良くないでしょうからね。学校に行っている間も給食など、本人のいいようにさせていましたし、大好きなチョコレートも、たまには心の栄養として食べさせていました。
そのようななかで航平が夢中になったのが、3歳から本格的に始めた体操でした。
最初はセンスがないように思い、他のスポーツをすすめたこともありましたが、興味を示しません。学校から帰るとおやつも食べずにすぐに体育館へ。練習しただけ上達するところが楽しかったのでしょう。練習中は体をポリポリとかくこともなく、技に集中している熱中ぶりでした。技が一つできるようになるとキャッキャと飛び跳ねて喜んでいたことをよく覚えています。
体操中は当然汗をかきます。汗を放置するとかゆくなってしまうので、つい運動することをセーブしてしまいがちですが、夫も私も「楽しく過ごすこと」を第一に考えていたので、汗をかいても気にせず航平の好きなように練習させました。そのおかげか、体操も少しずつ上達していきましたね。
ただ、料理や服には気をつかっていたものの、アトピーの症状は一向に良くならず、特にひどかったのが小学5年の頃です。頭をかきすぎて髪が抜け、肌はいつも血が滲んでいる状態。友達には「肌が汚い」と言われたりもして、さすがにかわいそうでした。

肌の改善と新しい体育館で体操でも結果が出るように
その状況が変わったのが、小学6年の時。カナダで行われた合宿に参加したことがきっかけでした。ホームステイ先がたまたま医師のお宅だったことから、「どうして薬を塗らないの?」と指摘され、薬について丁寧なアドバイスをもらいました。そこで、試しもせずに怖がっていた薬を塗ってみることにしたんです。
すると、肌の状態がみるみる良くなり、数か月でみちがえるほどに。同じ時期に体育館を新しくしたことも重なって、航平は「これでもっと上手になる」と嬉しそうでしたね。いつも声をかけるまで練習を続け、体操でも結果が出るようになりました。やっぱり先生の言うことを信じて薬をちゃんと使って治すことが大事なんだと思いました。
振り返ってみて、アトピーを理由にやりたいことを制限せずに、自由にやらせたことは良かったと思います。アトピーは大変でしたが、いやな思い出はあまりないんです。楽しいことを楽しめるようにしてきたからでしょうか。大人になった今は症状が出なくなりましたので、本人はアトピーだったことすら忘れているかもしれませんね。アトピーより体操で勝ち抜くことのほうが大変だったと思いますから。
アトピー性皮膚炎のお子さまをお持ちの保護者の方へ

航平だけでなく、バレエ教室の生徒さんのなかにも、夢中になれることが見つかったとたんに、肌の状態がみちがえたお子さんを何人も見てきました。
アトピーの治療には、心の栄養もきっと大事。お子さんの「好き」を尊重し、毎日が楽しくなる工夫をしながら向き合っていけるといいですね。
こちらのインタビューは「& magazine」Vol.7に掲載しております。
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Vol.7
(8.9MB)