アトピー性皮膚炎の治療は、新しい治療法の普及や新しい治療薬の登場により大きく前進しました。しかし、治療環境の改善が図られたにもかかわらず、患者満足度は必ずしも高いとは限りません。それはなぜなのでしょうか?アトピー性皮膚炎治療の目標である良い状態を長くキープするにはどうすればよいのでしょうか?あたご皮フ科 副院長 江藤隆史先生にお伺いしました。

江藤 隆史 先生
あたご皮フ科 副院長
1977年、東京大学工学部計数工学科卒業。1984年、東京大学医学部卒業。1984年、東京大学皮膚科助手。1989年、ハーバード大学病理学教室研究員。1992年、東京大学皮膚科講師・病棟医長。1994年、東京逓信病院皮膚科医長。1998年、東京逓信病院皮膚科部長。2015年、東京逓信病院副院長。2015年より現職。
アトピー性皮膚炎の現状
アトピー性皮膚炎は、幼小児期に痒みや赤みを伴う湿疹病変が発症し、慢性化したり反復したりしながら成人になっても症状が持続することがあります。平成29年(2017年)の厚生労働省患者調査(傷病分類編)によれば、患者は平成11年(1999年)の39.9万人から、平成29年(2017年)には51.3万人へと18年間で12万人、1.3倍ほどに増えました(図1)。
治療は ①原因・悪化因子の検索と対策 ②スキンケア(皮膚機能異常の補正) ③薬物療法の3本柱からなり、ステロイド外用療法に加えて免疫抑制剤、また一定の条件を満たせば生物学的製剤(抗体医薬)が投与できます。

変わってきたアトピー性皮膚炎の治療目標
アトピー性皮膚炎の治療は、①原因や悪化因子検索と対策②スキンケア、③薬物療法の3本柱で、薬物療法はステロイド外用剤に加え、免疫抑制剤、生物学的製剤の投与が認められるようになりました。患者さんと医師の双方にとって、①治療の選択肢の拡大 ②早期からの寛解1)導入、寛解維持 ③既存治療で効果不十分なケースに対する治療法の確立という点で大きな意味を持っています。
このような治療法の進歩に先行する形で、アトピー性皮膚炎の治療ゴールも大きく変わってきました。以前はアトピー性皮膚炎の自然治癒を目指してステロイド外用剤はできるだけ使わない方が良い、いわゆるディジーズフリー(Disease free)、ドラッグフリー(Drug free)を目指すという考え方が根強かった時期もあります。しかし、最近では軽症であった病変が、その後再燃しながら悪化していくのを抑えるため、できるだけ早期から薬剤を用いるなどして良い状態を目指すようになりました。いわゆる早期寛解導入を図り、その状態が悪化する前に予防を目的としたプロアクティブ療法2)が行われます。
1)寛解:症状が落ち着いて安定した状態
2)プロアクティブ療法:過去には皮膚炎に対してステロイド外用剤やカルシニューリン阻害薬などの抗炎症外用剤を塗り、炎症が治まると保湿剤に切り替え、再び悪化すると抗炎症外用剤が投与されてきました。これがリアクティブ療法です(図2)。これに対して皮膚炎が悪化したときだけでなく、症状が消えた後も定期的にステロイド外用剤などの抗炎症外用剤や、さらには生物学的製剤などを使用して、炎症の再発を未然に防ぎながら良い状態をキープするのがプロアクティブ療法です(図3)。


一般社団法人日本アレルギー学会/公益社団法人日本皮膚科学会/アトピー性皮膚炎診療ガイドライン作成委員会
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2021. アレルギー 2021; 70: 1257-1342
長くキープしたいアトピー性皮膚炎の良い状態
アトピー性皮膚炎の患者さんが、治療にどのくらい満足しているかを調査した報告があり、「やや満足」以上と答えた患者さんは軽症患者の45%、中等症患者の37%、重症・最重症患者の20%でした(図4)*。同じ調査では「診療に対する満足度」という項目もあり(図5)*、その中で「医師との会話・コミュニケーションについて」尋ねた設問では、「会話やコミュニケーションがしやすい」と回答した患者は47%と、半数に満たなかったこともわかりました。
これらの結果から、半数以上の患者さんはアトピー性皮膚炎治療に満足せず、また医師との会話やコミュニケーションにも十分に満足していないことがわかります。
では、どのようにしたら治療満足度があがり、医師との会話やコミュニケーションにも満足していただけるのでしょうか?


※1:7つの選択肢の上位3つを選んだ割合の加重平均(スクリーニングをパスした患者数:軽症1,085名、中等症770名、重症・最重症154名による)
※2:7つの選択肢の上位3つを選んだ場合
「アトピー性皮膚炎における疾病負荷と治療満足度に対する患者と医師の認識の相違」オンラインアンケート調査
中原剛士ほか. 日皮会誌 2018; 128: 2843-2855
©日本皮膚科学会 2018
本調査はサノフィ株式会社の資金提供により実施された。
治療満足度を上げるには
●アトピー性皮膚炎の治療では保湿剤やステロイド外用剤を十分量塗ることが必要です。しかし、できればステロイド外用剤は避けたいという患者さんも少なくないのが実態で、そういう方においては必要十分量を塗れていない場合があり、重症度の上昇とともに治療満足度が低下する要因となっていると考えられます。また我々が想像する以上に、患者さんの痒みに対する苦痛は強く、その痒みを抑えられないことも総合的満足度が高くならない理由のように思います。
●アトピー性皮膚炎の治療では十分量の保湿剤やステロイド外用剤を塗る必要がありますから、医師はその点について患者さんにご理解いただけるよう説明する必要があります。また、患者さんもステロイド外用剤の必要性について、先生や看護師に聞くなど治療に対してより積極的になることも必要です。
医師との会話・コミュニケーションを高めるには
●良い状態を長くキープするには「医師とのコミュニケーション」は欠かせません。しかし「忙しそうにしている医師には聞きづらい」、「繰り返し聞いて怒られた」など、医師とうまくコミュニケーションをとれていない人もいることと思います。このようなときは、疑問点について看護師をはじめとした医療スタッフに聞くとよいでしょう。特に看護師は治療や病気についてわかりやすく説明してくれますし、医師への接し方を教えてくれることもあります。看護師は医師と患者さんをつなぐキーパーソンです。また、繰り返し同じような質問をしないように、医師の話をメモしておき「前回はステロイド外用剤の塗り方について聞きましたけど、今日はステロイドの減量法について教えていただけますか」と聞いてみるなどの工夫も大切です。
●患者さんと医師が目標を共有して二人三脚で治療を進めるには、個人個人の治療のゴールを定めることも良い方法です。私は患者さんごとにその人の悩み事を解決できるようなゴールを設けるようにしています。たとえば痒みで眠れない人なら、よく眠れることをゴールにしたり、全身に抗炎症外用剤を塗るのは気持ち悪いという人なら、右手だけはピカピカにすることを治療ゴールにしたりしています。目に見える治療ゴール(全体ではなく部分的な症状改善)を設定することで治療に対するモチベーションが向上し、ひとつひとつの小さなゴールを克服しながら大きな治療ゴール(良い状態を長くキープすること)につなげていくことができます。
アトピー性皮膚炎の治療は、新しい薬や治療法だけでなく、患者さんと医師との良好な関係も治療の結果に影響を及ぼします。的確な質問をすることは、結果的にアトピー性皮膚炎の治療ゴールである良い状態を長くキープすることに役立つと思います。
こちらのインタビューは「& magazine」Vol.5に掲載しております。
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Vol.5
(2.4MB)