
江藤 隆史 先生
あたご皮フ科 副院長
1977年、東京大学工学部計数工学科卒業。1984年、東京大学医学部卒業。
1984年、東京大学皮膚科助手。1989年、ハーバード大学病理学教室研究員。1992年、東京大学皮膚科講師・病棟医長。1994年、東京逓信病院皮膚科医長。1998年、東京逓信病院皮膚科部長。2015年、東京逓信病院副院長。2019年より現職。

荻野 美和子 さん
笑顔がトレードマークの荻野さんは、2人のお子さんのお母さん。現在は、親子での海外留学に向けて英語の習得を目指しています。過去にはアトピーが原因で心も体も疲弊し挫折をした経験から、一度きりの人生を思いきり楽しむことの大切さを知り、現在は“自分らしく”をモットーに人生を謳歌。
荻野美和子さんは、もともとアレルギー性の病気にかかりやすく、気管支ぜんそくに引き続き、アトピー性皮膚炎も悪化した。高校生の時に薬物治療を開始し、4年間ほど症状は落ち着いていたが大学3年生のころから再び悪化。
この頃から治療に疑問を抱きはじめ、民間の漢方治療へと切替えた。「今度こそ治る」と信じていたが、肌の状態は以前よりも悪化。なす術もなく5年もの時間が過ぎた。
見かねた家族のすすめで2006年10月に東京逓信病院を受診し、江藤隆史先生の診察を受けはじめた。
そして、ここから江藤先生と荻野さんの10年という長きに渡る治療パートナーとしての関係がはじまる。

初診時は先生の治療をすぐには受け入れられず…
荻野さん: 初めて江藤先生に診ていただいてから11年たちました。当時は今のようにきれいな肌になるなんて思ってもいませんでした。
江藤先生: 初診の時、私が薬剤の説明を始めたら、荻野さんは診察の途中で帰ってしまったのは今でも記憶していますよ。悪魔を見るような目で私を見ていましたから。
荻野さん: 東京逓信病院に来れば何か新しい治療法があると期待していたのですが、先生が引き出しから取り出した薬は、それまでも私が使ったことのあるもので、「もう、その治療ならやってきたの!」という想いが強く込み上げてきました。しかし、その後、先生に勧められた「大人のアトピー」という本を読み、〝薬嫌い〞という私の考えは、偏った知識によるものかもしれないと思いました。そして、先生のところで治療を受けることと、お誘いいただいたアトピー教室に行ってみることを決心しました。
江藤先生: 薬が嫌いでも、アトピー教室に来ると心変わりする人はけっこういます。同じ悩みを持つ仲間がいますし、治療体験も聞けるため、アトピー性皮膚炎(以下、アトピー)への理解が深まり、自然と治療に対する姿勢も変わっていくものだと思います。
荻野さん: そうですね。私も教室で知り合った人の影響で、初診から2週間後には入院治療を受けていました。
先生から正しい治療を聞けていなかったことに気づき…
江藤先生: 荻野さんは8日間入院して治療を受けました。それで退院した時のことは覚えていますか。
荻野さん: 治療3日目にして、目に見えて症状が改善していったのに感動し、なぜ、高校や大学の頃と同じ薬を使っているのに、こんなに効果が違うのか、アトピーについて、もっと正しい知識を身に付けたいと思うようになりました。
江藤先生: 薬物治療がうまくいってなかった頃の荻野さんは、薬を薄くしか塗れていない状態だったので、かえってアトピーを悪化させてしまっていたのです。例えると、炎症という大きな火事が起きているところに、コップで水をかけているような状態です。炎が十分消火できない水のかけ方では、水をかけても火が燃えあがってくるように錯覚してしまいます。「薬を塗っても効かない」と思い込むのは、このような錯覚と同じと言えます。
荻野さん: 確かに状態が悪い時には薬の量が足りていないという感覚はなく、薬は怖いから薄く塗る、塗っているのになぜか良くならない。だんだんと、担当している先生や処方された薬に不信感を抱き始めていくのだと思います。自分で薬の量を調整しているというそもそものことはすっかり忘れてしまって。
江藤先生: そういう時は、実体験をしてもらうことが一番大切なんです。一度、薬による治療の効果を実感できると「なんだ、薬は怖くないんだ」と思えるようになります。
荻野さん: 本当ですね。退院した時には、何を根拠に私は病院での治療を否定していたのか、家に閉じこもっていた5年間が本当にもったいないという気持ちでいっぱいになりました。
江藤先生: そして、大切なことは、一度、薬による治療を受け入れて肌の状態が良くなったあと、どう維持していくかです。その後、状態が悪くなると「先生なぜですか…、完全に治す方法はありませんか」と患者さんの多くが訴えるようになります。
荻野さん: 私の場合は、そのあたりの症状の変化についても、先生にしっかり説明を受けていたので、アトピーの症状が出ても不安になることはありませんでした。
江藤先生: 治療を進めていく上で、疾患に対する共通のイメージを医師と患者さんが持つことは本当に大切なことなんです。アトピーは慢性疾患で、悪化と寛解を繰り返す疾患です。そのため、完治ではないけれど、肌を良い状態に保てるように、治療を続けているんだという治療イメージです。
荻野さん: 患者の立場としては、やはり完治を目指したくなるという気持ちは分かります。
江藤先生: 「継続して寛解を維持すること」と「完治」の間にある、微妙な差ですが、ここを理解できるかどうかですよね。そうすることで、一度改善しても薬を止めないという治療方針を受け入れやすくなると思います。

治療を左右するコミュニケーションの重要性
荻野さん: 先生の診察を受ける時は、いろいろと質問をして、アドバイスをいただくようにしています。そうすることで自分の知識が増え、より自分に適したケアが行えるようになると思っています。
江藤先生: そうですね。医師は受診のタイミングでしか患者さんの肌を診ることができませんが、患者さんは毎日、ご自身で肌を見ることができ、薬を塗ることができる。肌にとっての本当の主治医は患者さん自身であると言っても過言ではありません。ですから、患者さんが荻野さんのようにわからないことを質問をして、知識を深めていってくれることは、医師にとっても心強いものです。
荻野さん: 病院での治療がうまくいかなかった時は、担当の先生や薬のせいにしていましたが、私自身も受け身だったような気がします。「先生に治してもらう」という依存的な考えから、「先生と一緒にコントロールしていく」という主体的な考えに変わったことも、治療効果に影響しているのかもしれませんね。
江藤先生: 仕方のないことではあるんですがね…。どうしても、医師と患者さんという立場には凝り固まったイメージがあります。困っていることを医師に相談したり、言いたいことが言えないという患者さんは多いと思います。
荻野さん: 今では「手湿疹で水仕事ができない」という生活上の些細な悩みも聞いていただいています。先生は、何も躊躇することなく、手にぴったりとフィットする手袋を取り出して「薬を塗ってからこの手袋を使えば、水仕事はできるし湿疹も良くなります」と、ビニール製の手袋をつけて家事をするビニール製の手袋をつけて家事をするやり方を教えてくれました。やり方を教えてくれました。日々、多くの患者さんに接して、話や悩みを聞いているので、先生の引き出しの多さは想像を超えるものだと実感しました。
江藤先生: 以前、荻野さんに「ネイルをしてもいいか?」と質問された時に、「ネイルをつけていると、ネイルがはがれるから肌を掻かないようにするという面もある」という話をしたと思いますが、あれは患者さんから教えてもらったアイデアです。診察時間が限られている中で、治療以外のことを話している時間はないと考えがちですが、実は患者さんとのコミュニケーションを通じて、医師も多くのことを学ぶことができるのです。
荻野さん: 先生とは診察室ではいつも向かい合っていますが、アトピー性皮膚炎の治療という点では、横に並んで同じゴールを見つめて、二人三脚で進んでいる感じです。
江藤先生: 患者さんと医師、二人三脚で治療を進めていくためには、お互いがどうしたいのか、どういう方向に行きたいのかしっかりとコミュニケーションを取らないと、すぐにつまずいてしまいますからね。そういう意味でも、診察室のコミュニケーションはとても大切です。意見や考え方が違ってもよいですし、時にはぶつかることもありですよね。お互い、医師と患者である前に、「人間」なんですから。
私はいつも、患者さんと「人」と「人」としてお付き合いしていけたら、きっと長く一緒に治療を続けていけると感じています。

こちらのインタビューは「& magazine」Vol.1に掲載しております。
-
Vol.1
(3.2MB)